ハルとトオルの会議室は、その秋、突然、あっさり取り壊された。
老朽化というには、あまりに時を刻み過ぎた公団アパートは、
不法侵入してタバコを吸う高校生がいると近所の住人に通報されたのが問題となり、管理側が動いたのだ。
なんのことはない。
秘密基地を奪ったのは、自分たち自身だったのだ。
取り壊しが決まると、にわかにムー研が活気付いた。
廃墟ヲタ、昭和ヲタを自他共に認める、幽霊ムー民たちが息を吹き返したのである。
ハルは、連日、元ユーレイどもを引き連れて、かつての我が家へ案内した。
元々、立ち入り禁止だったところに今回の騒動が起こったので、
管理側もゴツい南京錠でそこいらじゅうをロックアウトしていた。
それでもハルたちはお構いなしだったが、さすがに学校側にも警告が来て、
ムー研存亡の危機となった。
青ざめた顧問増岡35歳は、部員たちを緊急招集すると、めずらしく厳しい調子で宣言した。
「僕は、君たちのことを同好の志として、行動を尊重してきたし、きちんと対応してきたつもりだ」
ハルたちもさすがに神妙に聞いていた。
「それが、例の公団への不法侵入の件で、信頼関係も揺らいだと感じている」
と、ハルのほうに向き直って、続けた。
「里見くん、僕もあの公団に通っていたことは、君も知っていたよね」
そう、まだ中坊だった頃、相羽が住んでいたあの部屋で、増岡と出逢ったときのことを思い出していた。
〜 ○ 〜 ○ 〜 ○ 〜
「あぁん。増岡センセェ、上手よぉ」
「は、お恥ずかしい…」
狭いベッドをぎしぎしときしませて、増岡が白戸彩の見事な肢体を組み敷いている。
ベッドの奥の押入れの中で、ハルとトオルは息を詰めて、耳をそばだてていた。
いつものように相羽の留守に忍び込んでいたら、ドアの向こうから聴き慣れない若い女の声と、
相羽のものではない男の声が近づいてきたので、慌てて押入れに飛び込んだのだ。
若いくせにやけに色っぽい声の主は、ぼそぼそと野暮ったく話す相手の男を盛んに誘っているようだった。
どうも男は近くの市立高校の教師らしい。女は生徒なのだろうか。それとも同僚か。
顔が見えない上に、ふすま越しの分、声もくぐもって、妙にいやらしい雰囲気がする。
(…おい、ハル。オレ、コーフンしてきた…)
トオルの鼻の穴が10円玉並みの大きさに膨らんでいる。股間もタヌキの金玉並みに膨らんでいた。
(…ちょ、ちょっと。触ってくんなよ…触るんなら、自分のちんちんにしろよっ)
北斗聖拳並みの手数で繰り出されるトオルの腕をよけながら、ハルも自分の股間が熱くなるのを感じていた。
「あぁ、センセ。中で、ものすごく大きくなってるわよ。イヤらしい。もうイキたいのね」
「あ、でも。つけてないから。やばいよ」
「いいのよ、中で出しても。今日は、だいじょうぶだから」
「で、でも万が一ってことも…」
「なによ。私が妊娠したら、そんなに都合が悪いの」
急に醒めた雰囲気が伝わってきた。
ハルとトオルのマレスケたちも、急にダラケた。
「いや。そりゃ、まずいでしょ」
「なんだ、結局はカラダ目当てだったんだ」
「そ、そんなことはないよ。キミの事は本気で好きなんですから」
「あら、その割にはお父様にも紹介してくれないぢゃない」
「そりゃまだ付き合ったばかりだし。就職のことだって、ウチの学校に入れるかどうか」
「理事長なんだから、大丈夫でしょ。私ひとりぐらい、もぐりこませても」
「だめだよ、そんなの。情実とかって、今ものすごく煩いんだから」
気が弱そうな割に、男のほうはスジが通った話をしている。
「ふんっ!もういいわ。私、ちょっとアタマにきた。しばらく連絡して来ないでね」
ばさばさと身づくろいする音がしたかと思うと、乱暴にドアを開けてハイヒールが出て行く気配がした。
「はぁ…なんだよ。ホントまいっちゃうよな。自分なんて、カラダで目当て、ぢゃんなぁ」
ぼそぼそと独り、ぼやきながら、男が帰り支度をしはじめているようだ。
(はぁ…)
気を抜いたとたん、中腰だったトオルがぐらりとバランスを崩した。
(おわっ!!)
二人して、襖をぶち破って、ベッドに転がり込む。
「ギョエッエエエエエッ!!!!!!!!!」
マンガのような叫び声をあげて、男がびっくりして腰を抜かしていた。
「あ、す、すいませんっ」
「あ、オレたち別に覗き魔とかぢゃないんで、安心して」
ハルとトオルも弁解する。
が、なにせ慌てている上に早口なので、なにがなんだかわからない。
「…あ、あはっ?」
「あ、ははは」
「…はははh」
「はははははh」
男は二人がまだ中学生であることがわかって安心したのか、ほっとしたように笑い出した。
つられて二人も笑う。
しばらく三人で笑いあってから、ひとしきり落ち着くと、
ハルは勝手に冷蔵庫から缶コーヒーを3本とりだして、1本を男に渡す。
「あ、僕はウーロン茶がいいんだけど」
「え? ここの住人、ウーロン茶嫌いだから、ないよ」
「あ、そうなんだ。僕、缶コーヒー飲めないんだよ。不味くて」
「ふーん、だったら水でもどうですか?」
と、トオルがコップに水を入れて出してきた。
「あ、ありがと。」
ごくごくと一気に飲み干してから、男が訊いてきた。
「キミたちはこの部屋の人、ぢゃないよね」
「う、うん」
「あ、でも、相羽先生からはいつでも入ってきていいって言われてるんだ」
トオルが弁解した。
「へぇ、相羽さんっていうんだ。先生って学校の?」
「ううん。病院の」
「?お医者さん??」
「天才外科医だって云ってる」
「そか。彼女のお兄さん、すごいひとなんだな」
「えっ?」
ハルとトオルが声を揃えた。
「おじさんの彼女って、相羽先生の妹なの?!」
「おじさんぢゃなくて、増岡さん」
自分を指差して32歳の増岡が自己紹介した。
〜 ○ 〜 ○ 〜 ○ 〜
「植木屋さん。そろそろお茶にしませんか?」
永治寺の奥さんに声をかけられ、カナメは剪定の手を止めた。
「あ、ご隠居さん。ありがとうございます。あとちょっとなのでやっちゃおうかと」
「あら、ウチがわがまま言ったのだから、ゆっくりやってくださって構わないんですよ」
先代の頃から世話になってる御贔屓なのだが、どうにもこの婆さんだけは苦手だ、とカナメは思った。
「いやぁ、最近、うちのボウズが言葉を覚えてきましてね。これが可愛くて。仕事済ませて、早くウチ帰ってやりたいんスよ」
「あら、それはお幸せなこと。ウチにも孫はいるんだけど、私はそんな気持ちになったこと、ないのよね」
ぼそりとつぶやく。顔は見えなかったが、眉をひそめて吐き捨てたのがわかる。暗い声だった。
(参ったなぁ。婆さん、こうなると話なげぇから)
「時に植木屋さん、ご実家のお兄様はお元気?」
(なんだよ、こっちとら忙しいんだよ。ヒマな話してくれんなよ)
「あぁ、杉谷の家には帰っていないんで。最近、全然音沙汰ねぇんで」
いらつきながら、はさみを動かす。
ばさばさと松の枝が下に落ちていく。
(婆さん、とっとと行ってくんねぇかなぁ)
と、足場の梯子がぐらりと揺れた。
「!」
一瞬、老婆のゆがんだ顔が見えた気がした。
自分の首の骨が折れる音を聞いて、
杉谷カナメの幸福な人生は、あっさり終わった。
(つづく)
ん〜〜すげっす
あっちこっちそっちの話がよくこうも混ざり合って(;´Д`)
柚子季には真似できないスゴ技!!
パパンさま、これ、人物相関図あったら分かり易いかもしれないっすね♪
過去と現在も入り交ざってるし(*´∀`*)
あ〜にしても、カナメさん、あっさり終わっちゃったのね。
兄ちゃんひとりぼっちやん・・・(;つД`)クスン
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